第十二話 「愛車」
阿久津 キョウ
塩川 幸太郎
浜屋 純
浜屋 尽:浜屋 純の兄。初代 幻神會(げんしんかい)の元副長。引退後、バイク屋に勤め仕事の合間に浜屋 純の愛車のゼファーをレストアしている。
塩「な、なぁ!今の俺にはまったくもってサッパリ理解できねぇーけど、頼む!俺にあんたたちの力を貸してくれねぇーか!」
鏑「その赤い亡霊ってのが異形でも何でもない奴だった場合、俺たちは何のメリットもない話だ。」
阿「僕が塩川さんと同行するのはどうですか…?」
ジ「ただし、0時までにしてくださいね?」
純(よくわかんねぇ奴だなこいつ…。)
塩「さぁ!今夜こそ赤い亡霊をぶっ飛ばすぞ!」
第十二話 「愛車」
ナ「7月1日 雨 灰川市灰川町 1万人ほどの人口が生活する都心から車で3時間ほどの自然の多い町である。ここ灰川町では過去に不可解な未解決事件の起きた現場でもある。
「赤い亡霊」と「異形」の関連性を暴くべく、二人の男が動き始めた。」
塩「着いたぞ。阿久津。」
阿「…ここは?」
純(懐かしいな…。)
塩「ここは俺の家だ。事故を起こした後にバイクが家に運ばれてるって聞いてたからな。」
純(だけどお前のバイクはもう…。)
阿「どんなバイクなんですか?」
塩「あぁ?おめぇー灰川じゃ敵なしのペケジェイ様よぉ!」
阿「ペケ…ジェイ?」
塩「事故っちまって傷だらけだと思うけど、直せばまた走ってくれるはず!」
純(…幸太郎)
ナ「塩川 幸太郎は実家のガレージに向かいシャッターを上げた。目の前に現れたのは原型をとどめて居ないXJRだった。」
塩「…なっ…」
純(覚えてないよな…瀕死な状態だったしな…)
ナ「フロントフォークはへし曲がり、ガソリンタンクは潰れ、エンジンはひび割れ、一目で修復不能と判断できた。」
塩「…うそ…だろ…?純と…尽さんと…一から組み上げたバイクだったのに…。」
阿(…純?尽さん?)
純(…パーツ集めんの大変だったもんな…。)
塩「俺に残された…たった一つの純との宝物だったんだ…。」
阿「塩川さん…。」
塩「ごめんな…純。ごめんな…。ごめんなぁぁぁあ!純んんんん!!!」
ナ「塩川 幸太郎は泣き叫んでいた。喧嘩上等で男を売っていたが、その面影もないほど悲痛な表情で鉄くずのように転がるバイクに抱き着きながら、阿久津 キョウがいることも忘れ泣き叫んでいた。」
純(…ありがとう。幸太郎。俺、今のお前を見て改めてお前の相棒で良かったって思えるよ…。)
ナ「阿久津 キョウは塩川 幸太郎に近づき、そっと肩に手を差し伸べた。」
塩「ううっ…。ちきしょう…。待ってろよ…純。今、尽さんに頼んで直してもらうからよ…。」
阿「塩川さん、なにを?」
ナ「塩川 幸太郎は肩を支えるように触れている阿久津 キョウの手を握り立ち上がった。」
塩「阿久津…ありがとな。今から純の家に行って尽さんにバイク直してもらうからよ…。」
阿「塩川さん、その状態じゃ運ぶのも無理ですよ!」
塩「わかってんよ…でも、このままにしておけないだろ…。待ってろよ…純。」
純(もういいよ…幸太郎。もう…。)
尽「よぉ、お前なにやってんだ?」
ナ「ガレージに突如現れたのは浜屋 尽だった。」
阿(誰だ…この人?)
塩「じ…尽さん!」
純(あ…兄貴ぃ!)
尽「このままここに置いておけないと思って引き取りに来てみれば…。お前、そいつどうすんだよ。」
塩「…今から尽さんのところに行って直してもらおうと…。」
尽「そいつぁもう死んでる。」
純(お、おい!兄貴!)
塩「…わかってる…でも!」
尽「はぁ…取り合えずそいつをレッカーに乗せるの手伝え。」
ナ「辛うじて後輪は動いたため、前輪に牽引用の台車を敷き、何とかスロープをつたって軽トラに積んだ。」
尽「よし、んじゃ運ぶとして…幸太郎。お前、ツレいんのか?」
塩「あ、そうなんす。」
尽「ふーん。珍しいな。話の続きはまた明日にでも…」
塩「明日!?」
尽「あ?」
塩「あ、いや…ちと今夜中にケリつけたい奴がいるんス。」
ナ「浜屋 尽は険しそうな表情をしながらたばこに火を点けた。」
尽「すぅー…ふぅー…。わかった。んじゃ乗れよ…と言いたいとこだけど、軽トラで来ちまったから、幸太郎、おめぇーは荷台な?」
塩「に?荷台…すか?」
尽「あぁ、それとそこのにぃーちゃん…えっと、見ない顔だな。」
阿「え?あ、僕ですか?」
尽「今ここに他におめぇーしかいねぇーだろ。」
阿「す、すみません。阿久津って言います。」
尽「阿久津か。お前は助手席に乗れ。」
阿「は、はい…。」
ナ「塩川 幸太郎は傷だらけのバイクを支えるように荷台に乗り、阿久津 キョウは浜屋 尽に促されるまま助手席に乗り込んだ。荷台を意識しながら浜屋 尽は車を走らせた。」
尽「阿久津。お前なんで幸太郎と一緒にいるんだ?」
阿「あ、いや…えっと…。」
尽「俺の弟…純って言うんだけどよぉ。あいつのダチだったんだ。」
阿「ダチ…友達ですか?」
尽「あぁ。どこまで幸太郎のこと知ってっかわかんねぇけど、あいつと純はこの辺じゃ一番でけぇ族やってたんだよ。」
阿「族…。」
尽「だけどよぉ、弟は事故っちまってな。」
阿「…。」
尽「そのまま死んじまった。」
阿「そうでしたか…。」
尽「それから幸太郎はバイクを降りた。なのに突然、また乗り始めた。」
阿「…。」
尽「初対面のお前にこんな話をするのは、あいつがあれっきり仲間を作ろうとしなかったからだ。チームも解散し、明るいだけが取り柄だった癖に、妙に大人になっちまった。」
阿「…。」
尽「お前とどういう関係なのかわからねぇ。だけどよ、幸太郎も俺の弟みたいな存在なんだ。」
阿「…。」
尽「自分も事故ったのに、それでもバイクに乗ろうとしてるってだけでよほどの事なんだろ。んで、そこにお前が一緒だった。」
阿「はい。」
尽「だからお前にあいつの大事な話をしておいた。余計な世話かもしんねーが、後は互いに色々話してみろ。」
阿「…わかりました。」
尽「阿久津。」
阿「はい。」
尽「お前、どこか自信がないっつーか、不安な雰囲気が出てるけどよ…」
阿「…はい。」
尽「あいつが今お前を必要としてるんだろうから、どんなちっぽけなことでもいい。お前に出来ることがあれば、その時はビッとしろよ?」
阿「え?」
尽「…着いた。」
阿「ここですか。」
尽「あぁ、んじゃバイク降ろすぞ。阿久津、お前も手伝え。」
阿「はい。」
尽「阿久津。」
阿「はい?」
尽「今度うちに遊びに来い。」
阿「え?」
尽「茶の一杯でも出してやるよ。」
純(兄貴…。)
阿「あ、ありがとう…ございます。」
塩「尽さん、ワイヤ外しときました。」
ナ「阿久津 キョウ、塩川 幸太郎、浜屋 尽の3人でバイクを降ろし、車庫へ運んだ。」
尽「ふぅ…。やっぱどうやってもこりゃ全とっかえしかねぇな…。」
塩「…なぁ!尽さん!俺も無茶言ってることはわかってる!だけどよ…こいつを廃車にしないでくれよ…。」
純(幸太郎…。壊れたものは戻せねぇよ…。)
尽「ちと、ついてこい…。」
ナ「浜屋 尽は2人に顎で奥の部屋に来るように促した。2人が尽につれられて部屋に入ると、シートに包まれたバイクが目の前にあった。」
尽「なぁ、幸太郎。お前どうしてもバイクが必要か?」
塩「…はい。」
尽「なら、今から俺が話す話をよく聞け。その上で、そこにあるバイクを持ってくか決めろ。」
塩「…はい!」
尽「俺は純が死んでから、バイクに触れるのを躊躇(ためら)った。むしろ俺もバイクに乗るのが嫌になった。」
塩「…。」
尽「でもな、大事な仲間たちがもし事故に遭ったらと考えると、バイクに乗るな!なんて事も言えねぇしな。」
阿「…。」
尽「辛い思い出になったとしても、バイクに乗ることの楽しさや、爽快感も俺にとっては大事な思い出なんだって思ってよ。」
塩「…はい。」
尽「それで俺はオヤッさんのとこでバイクのメンテナンスの仕事に就いたんだ。」
阿「…。」
尽「俺がメンテナンスしたバイクで事故らせないようにな。大事な仲間を失いたくないしな。」
純(…ごめん。兄貴…。)
尽「幸太郎。」
塩「はい。」
尽「なんでバイク降りたのにまた乗る気になったんだ?」
塩「…それは…。」
ナ「塩川 幸太郎は両手を握り拳にしたまま下唇を噛みしめうつむいたまま黙っていた。」
尽「…はぁ。唯から聞いた。赤い亡霊ってのにやられたんだろ?」
塩「…はい。」
尽「唯が見舞いに行っても面会謝絶だって帰らされたって聞いてたのに、今こうしてお前は俺の前にいる。」
塩「…すみません。」
尽「そいつを追うためか?」
塩「はい。」
尽「唯が襲われたからか?」
塩「それもあります。」
尽「他には?」
塩「…わかりません。ただ直感であいつは捕まえないといけない気がしてます。」
尽「そっか…。」
ナ「浜屋 尽は塩川 幸太郎の言葉を聞き終えると、咥えたばこのままバイクのシートに手をかけた。」
尽「なぁ。幸太郎。」
塩「はい。」
尽「またバイクに乗るのもコケんのもしょうがねぇ。でもよ、無茶して傷でもつけたら、お前が意識不明になったとしても俺はお前をぶん殴るぞ。」
塩「え?」
尽「お前今、うずうずしてんだろ?このバイクが欲しくてよ…。」
塩「は、はい!」
尽「こいつをお前に渡す俺の覚悟と…」
ナ「浜屋 尽は話しながらバイクカバーを取り外した。」
塩「なっ…それって…。」
純(あ、兄貴!それ…!嘘だろ…)
尽「純の魂を背負う覚悟があるなら…持ってけ。純の乗ってた紅蓮のゼファーだ。ほらよ…。」
ナ「浜屋 尽はポケットからキーを取り出し、塩川 幸太郎へ投げ渡した。」
塩「う…そだろ…?」
尽「定期的にエンジンに火を入れてたからよ。こいつが二度と公道を走ることがないと思ってたけどよ…。なんだか純がコイツの中で生きてる気がしてな。」
ナ「塩川 幸太郎は掌にあるバイクのカギを見つめながら大量の涙がこぼれていた。顔を歪ませ口からよだれが垂れているのも気にならないほど、手にした浜屋 純のバイクのキーから目を反らさずに返事をしていた。」
塩「尽…さん…俺…俺…。ぜってぇーコケません!」
尽「すぅー…ふぅー…。あぁ。」
塩「尽さん!俺!ぜってぇー!この恩!忘れません!」
尽「おう…。」
塩「尽さん!俺!ぜってぇー!赤い亡霊を…」
尽「うるせぇな!とっとと行ってこい!」
ナ「浜屋 尽は少し照れたような笑顔で塩川 幸太郎の頭をひっぱたいた。」
純(…あ…にきぃ…ほんと…ごめん…涙止まんねぇよ…。ありがとう…。)
尽「あ、あとよ?」
ナ「浜屋 尽は塩川 幸太郎の首に腕を回し急に睨みつけるような視線を送った。」
尽「お前…唯のこと、泣かすんじゃねぇぞ?」
塩「は?」
尽「多分今頃、泣きつかれて寝てると思うけどよ。お前が事故ってから毎日泣きっぱなしだ。まじで次泣かせたら、どんな理由だとしても、そん時もぶん殴っくからよ?」
塩「は…ははっ…ははは…。」
純(じゃあ…俺は呪い殺すか…一緒に幽霊なろうぜ?へへへ)
ナ「阿久津 キョウは二人の姿を見て、なぜか目元が潤んでいた。本人もなぜ涙ぐんでいたのかわかっていなかった。」
尽「それと阿久津!」
阿「あ、はい!」
ナ「浜屋 尽は握り拳を阿久津 キョウの胸にあて、微笑みながら話しかけた。」
尽「こいつは…幸太郎はバカだけどよ…仲良くしてやってくれな?」
阿「は、はい!こちらこそ!」
ナ「他愛もない会話を終えた後、浜屋 尽は少し寂し気な表情を浮かべながらゼファーのタンクを撫でた。」
尽「純…幸太郎を守ってやれ…。いってこい…。」
純(あぁ。兄貴。いってくるよ!)
続く
次回 「赤と紅蓮」