第十話 「中心」
塩川 幸太郎
浜屋 純
ジュラ
谷越 真一(たにごえ しんいち):灰川記念総合病院の医師
看護師 女
ジ(今は異形力が働いているから何とか命をつなぎ留められている…だとすると右京君で試した鎮静剤を投与してしまうと塩川君は亡くなってしまう可能性がある…。)
塩「がはっ…ぐふっ…がはっがはっ…。」
谷「最初は内臓の傷口を縫合中に癒着のように張り付いていたのかと思ったが、縫合したところから次々と回復というか、再生しているように見えたんだ。」
ジ「ほぉ…。」
谷「あんなのは見たことがない…。再生能力なんてものじゃ説明できないぞ?」
ジ(異形力の再生能力とは…それほどまでに高いものなのか…。それはとても安心して計画を進められますね…。ふふふ。)
第十話 「中心」
ナ「7月1日 雨 灰川市灰川町 1万人ほどの人口が生活する都心から車で3時間ほどの自然の多い町である。ここ灰川町では過去に不可解な未解決事件の起きた現場でもある。
都市伝説だったはずの「赤い亡霊」。未解決事件と赤い亡霊、そして異形。奇怪な事件は何一つ手がかりがないまま時は進む。」
鏑「…よし、荷物は片付いた。」
阿「…。」
鏑「阿久津、世話になったな。まだお前は入院みたいだけど、俺は先に出るわ。」
阿「おめでとうございます。」
鏑「お前もこんな辛気臭い場所から早く出ろよ?」
阿「…はい。」
鏑「…なぁ、阿久津。」
阿「…はい。」
鏑「この前話の途中だったが、お前もう学校どころか家にも戻れないだろ?」
阿「…。」
鏑「お前さえよけりゃ、うちも人手が欲しいところだし、住み込みでバイトしねぇーか?」
阿「…。」
鏑「住み込みつってもよ、俺が経営するマンションの一室使わせてやっからよ。もちろん家賃はもらう。」
阿「…。」
鏑「ビジネスは慣れあいじゃ上手くいかねぇーし、それにお前、社会に出たことないだろ?だから俺の所で勉強しながら経験積むのも有りなんじゃねぇーのか?」
阿「…そうですね。」
鏑「いきなりの話かもしれねぇーけど、婆さんの遺産つってもたかが知れてんだろ。」
阿「…はい。」
鏑「だからよ、考えてみろ。答えは急がねぇ。じっくり考えろ。」
阿「…わかりました。」
鏑「んじゃ、これ。俺の名刺渡しとくわ。そこに書いてある連絡先に連絡くれ。」
阿「あ、あのぉ…。」
鏑「あぁ?」
阿「…実はその…。」
鏑「なんだ?言ってみろ?」
阿「僕、学校に通ってなかったので、あまり勉強は…。」
鏑「勉強?ぷっ…はははは!」
阿「ちょ、ちょっと!なんで笑うんですか!」
鏑「ははは!いやぁ、悪ぃ悪ぃ。お前さ、高校入学出来たんだろ?」
阿「え?…まぁ。」
鏑「俺なんて中学すらまともに通ってなかったからよ?俺より頭いいじゃねぇーか!」
阿「そ、そうなんですか?でもIT企業の社長って…。」
鏑「ばーか!いいか?品行方正で真面目で学校の勉強ばっかやってる奴の方がロクに社会で役に立たねぇ。」
阿「そ、そんなこと…。」
鏑「まぁ、俺の生きてきた世界での話にはなるがな?」
阿「は、はあ…。」
鏑「学校の勉強も大事かも知れねぇ。けどな?実践で学ぶ勉強の方がよっぽど賢く生きられる。」
阿「鏑矢さんはどんな仕事から企業にさせたんですか?」
鏑「俺か?俺は色んな悪いことをやってきた。あんま自慢にならないけどな?それこそ裏稼業って奴さ。」
阿「え?そんなことやってたんですか?」
鏑「人を騙くらかしたり、女を…。」
阿「女を…?」
鏑「あ、いや。まだお前には早い話だった。とにかく、賢くなるには悪いことを覚えるのが一番早い。」
阿「僕に出来ますかね…。」
鏑「安心しろ!今はそんなことしてねぇーよ。やっぱ労働で得た金で食う飯が一番美味いからよ!」
阿「…はあ。」
鏑「とにかくだ、最初からお前のことあまり知らねぇーから、先ずは1か月労働したのち、給料を決めさせてもらう。」
阿「…はい。」
鏑「んでそっから家賃を差し引くから、場合によってはお前、しばらく小麦粉生活かもな!」
阿「こ!?小麦粉生活!?」
鏑「あぁ、悲惨な生活だぞぁ?具のないお好み焼きとか、すいとんとかで生活すんだよ!」
阿「…そ、それは…小麦粉に詳しくなりそうですね。」
鏑「そうなんねぇーようにしっかり勉強すりゃいいんだよ!」
阿「…はい。お世話になるときはお願いします。」
鏑「あぁ。んじゃそろそろ行くわ。」
阿「はい。お世話になりました。」
ナ「鏑矢 右京は荷物をまとめたカバンを持って、阿久津 キョウを残して病室を後にした。残された阿久津 キョウは一人となった2人部屋を眺めたあと、渡された名刺を見つめていた。」
ジ「キョウ君、こんにちは。」
阿「あ、先生。」
ジ「右京君は…?もう行ってしまったか。」
阿「…はい。」
ジ「あの子は私に挨拶もなしに…。まあいいでしょう。今日私が話が合ったのはキョウ君にです。」
阿「僕にですか?」
ジ「えぇ。話というのは二つあります。1つ目は、この病室に1人新しく患者が入ります。」
阿「そう…なんですね。」
ジ「病院というのはどうしてもビジネスなんで、そこは理解してください。」
阿「あ、いえ。わかってます。」
ジ「キョウ君と歳も近いですし、話が合うといいですけどね。」
阿「…そうですね。」
ジ「それともう一つですが、君の身体を再検査しようと思います。」
阿「え?」
ジ「念のためです。異形の力で回復したとしても、身体に異変が起きていないか調べてみないとわかりませんからね。」
阿「はい…。確かに異変が起きていないとは限らないなって思ったのは、僕の腕や体にあった切り傷や火傷が綺麗になくなってたんです。」
ジ「…。」
阿「先生…。僕は人間じゃなくなったんでしょうか?」
ジ「キョウ君。君は人間です。ただ少し君の脳を刺激したので、細胞の活性に関しては常人の人間とは異なるかもしれないですね。」
阿「…僕も死ぬときは体が飛散…」
(着信音)
ジ「はい、白石です。…あ、はい。そうですか。今、ベッドが空きましたのでベッドの整理が出来次第、移動は可能です。はい…。では後程。」
(切電)
ジ「話の途中ですが、予定通りに午後には運ばれてきます。それと検査ですが、明日、担当の先生にお願いしてありますので受診してください。」
阿「あ、あのぉ…。」
ジ「なんですか?」
阿「実は…僕そんなに検査できるほどお金が…。」
ジ「キョウ君。私は君に自分の過去を重ね、そして私の正体も明かしました。」
阿「…はい。」
ジ「今こうして君の力になりたいのは医師としての矜持でもあり、私の思いでもあるからです。」
阿「…思い?」
ジ「理不尽に全てを失った君が私の過去に触れた…正直私を見ているような気がしています。」
阿「…。」
ジ「君を救うことで自分が救われたような気になる…そんな感じです。」
阿「…ですが…。」
ジ「とは言え、君の性格上、このような施しを受けることに引け目を感じることでしょう。そこでどうですか?」
阿「…はい?」
ジ「出世払いってことで。」
阿「え…?」
ジ「金銭ではなくてもいいです。君が思う返礼といいますか、私に伝えたい気持ちで返してもらえたら私はそれを甘んじて受けますよ。」
阿「…それでは割にあうもので返せるかどうか…。」
ジ「それは受け取りて次第です。さてと、私は次の予約の患者が来る頃なのでそろそろ失礼しますよ。」
阿「…先生。」
ジ「お大事になさってください。では。」
阿「ありがとうございます…。」
ナ「ジュラは眼鏡を掛けなおし、白衣のポケットに手を入れてそのまま診察室へ向かった。阿久津 キョウは配膳された昼食を済ませ、窓の外を眺めていた。」
阿(…雨。病院にいるのに…。やっぱりまだ脳裏から記憶が離れ…な…。え?)
ナ「阿久津 キョウは雨の日になると過去の記憶がフラッシュバックしていたが、突然、記憶が薄くなっていった。そんな阿久津 キョウの異変を他所に、一人の看護師が空きのベッドのチェックを行いに来た。そのうちストレッチャーで移動してくる音が聞こえてきた。」
阿(…この人か…同室になる人…。)
看「塩川さん、少し動けますか?ベッドに移動しましょうね。」
ナ「塩川 幸太郎は看護師たちに体を支えられ、ベッドへ移動し横になった。点滴が繫がれたままの状態だったため、スタンドの位置やチューブが邪魔にならないようにベッドの周りを整理した後、看護師たちは病室から出て行った。」
阿(…あれ?この人…どっかで見たような…。)
塩(はぁ…点滴とか鬱陶しいな…引き抜いちまいてぇ…。)
阿(どこで見たんだろ…。)
ナ「阿久津 キョウは塩川 幸太郎を観察しながら黙っていた。最初に口を開いたのは塩川 幸太郎だった。」
塩「よぉ…、お前この間、庭でおっさんと話してた奴だろ?」
阿「え?…あー…。」
塩「まさかまた会うとはな。」
阿「ど、どうも…はじめまして…。」
塩「おう、よろしくな。」
阿「…。」
塩「俺は塩川だ。お前なんて名前なんだ?」
阿「あ、すみません。僕は阿久津と言います。」
塩「阿久津か、お前なんで入院してんだ?」
純(お前こえぇーよ!様子見に来たらこれだよ!もう少し柔らかく話してやれよ!)
阿「あ、あの…僕はあまり覚えてないんですが、気が付いたらここにいました。あの…塩川さんはどうしてここに?」
塩「…赤い亡霊に事故らされた。」
阿「え?赤い亡霊に?」
塩「あぁ、走行中にタイヤにパイプ突っ込まれてな。」
阿「そうでしたか…。でもあまり大けがじゃなさそうですね。」
塩「俺もあんま記憶ねぇーけど、まぁ奇跡的って奴かな。」
純(確かに回復が早い。まじで生きてんのが不思議な怪我だったしな…。)
塩「んで?お前の入院は、この前のおっさんが言ってた異形って奴に関係があんのか!?」
純(相手を見ろよ!カツアゲにあってる少年みたいに縮こまってるじゃねぇーか!)
阿「はぁ、そうですね。僕はあまり覚えてないんですが、その異形と呼ばれる人に襲われました。」
塩「なっ…お前よく生きてたな??」
阿「…はい。」
塩「どんな奴だった??」
阿「…相手は母の元恋人でした。突然、雰囲気が変わったまでしか覚えてないです。」
塩「どんな風に変化したんだ?」
純(はぁ…こいつはデリカシーがねぇとは思ってたが、大人になっても変わらねぇな…。)
阿「なんというか…顔つきが変わった感じですね…。記憶はそこまでです。」
塩「そっか…。クソッ!早くここを出て俺もアイツを探し出さねーと…。」
阿「…あいつ?」
塩「あぁ、赤い亡霊って呼ばれてる奴だ。」
阿「…先日お話されてた全身が赤い人ですか?」
塩「何が目的なのかわかんねぇーけど、俺とダチの妹を襲いやがった。」
阿「そうなんですか…。」
塩「なぁ、お前はその異形って奴のこと詳しいのか?」
阿「いえ、僕も全然です。ただ…。」
塩「ただ?」
阿「僕の記憶の異形と先日、鏑矢さんが戦った異形は同様というか似てると言うか…。」
塩「戦った!?」
純(戦った!?)
阿「あ、はい…。塩川さんと会った日に異形に襲われました。」
塩「で!その鏑矢って奴は勝ったのか!?」
純(戦った…?赤い亡霊は退いてったぞ…?)
阿「はい。勝ちました。ただ負傷したのでついさっきまで治療してました。」
塩「なぁ、その鏑矢って…あのおっさんだろ?今どこにいるんだ?」
阿「午前中に退院して、多分家に帰りました。」
塩「なっ!お前そいつの家知ってるか?」
阿「あ、いえ…知りません。」
塩「くっ…折角手がかりになると思ったのによぉ…。」
阿「…すみません。」
塩「あ、いや。悪ぃ。熱くなっちまった…。」
阿「…いえ。」
塩「なぁ、お前さ…。」
阿「…なんですか?」
塩「異形と呼ばれる奴らと赤い亡霊…どう思う?」
阿「どう…思う?」
純(どう思うとか聞かれても、わかりづれぇーよ。)
塩「赤い亡霊も異形だと思うか?」
阿「あっ…あぁ…どうですかね。実際に見てないのでわからないです。」
塩「まあそうだよな…。」
阿「ただ…僕たちの知る日常ではないことが起きていることだけは確かだと思います。」
塩「そうだな。」
阿「塩川さんは…そのぉ…。」
塩「なんだ?」
阿「異形力って知ってますか?」
塩「異形力?いや、しらねぇな。」
阿「そうですか…。」
塩「それがどうしたんだ?」
阿「いえ…なんでもないです。」
純(異形力?この阿久津ってのは何を知ってるんだ?)
塩「異形の奴が使う力なのか?」
阿「いえ、異形に対抗する力というか…。」
塩「おい!なんだそれ!どうやって手に入れるんだ!?」
純(そんな力があんのかよ…えっ…まさか…?)
阿「なんて説明したらいいか、僕もよくわからないんですが、死の間際に爆発的な力を発揮することが出来るようです。」
純(死の間際…。もしかして幸太郎が今生きてるのは…。)
阿「ただし、その一瞬だけの力ですし、僅かな時間なので下手をすればそのまま死んでしまうと思います。」
塩「そんなやべぇーもんがあんのかよ…。それはドラッグかなんかなのか?」
阿「あ、いえ…。わかりません。」
塩「お前はどうやってそれを知ったんだ?」
阿「それは…先日、鏑矢さんの戦いで見ました。」
塩「まじかよ…こんな所で寝てる場合じゃねぇーな!なぁ頼む!そのおっさんが行きそうなところとか教えてくんねぇーか!?」
阿「…僕もよくわからないんです。」
塩「なぁ!頼む!なんでもいい!教えてくれ!」
純(幸太郎!落ち着けよ!って声が届かねぇーからなんも出来ねぇな!ちきしょう!)
ナ「しばらく阿久津 キョウは黙っていた。鏑矢 右京の事を話したのは先日、塩川 幸太郎と出会っていたからだった。だが、これ以上のプライベートを話すことが正しいのか迷っていた。」
塩「なぁ!阿久津!頼む!」
純(やめとけって幸太郎!こいつにも色々あるんだろ!)
阿「…少し、時間をくれませんか?」
塩「え!?」
阿「お願いします。」
塩「わかった…どんくらい待てばいい?」
純(ばか!追い詰めちまうだろうが!)
阿「わかりません。鏑矢さんのことがわかったら教えます。」
ナ「阿久津 キョウは鏑矢 右京の名刺とスマホを持って病室を出た。阿久津 キョウは少し後悔していた。共通の話題だったとしても、まだこの塩川 幸太郎という人間性をよくわかっていなかったからだ。」
純(阿久津って奴にも俺が見えてなかったみたいだから…ちっと後を追ってみるか…。)
ナ「だがこの時、雨音でかき消されていたが、病院の敷地内ではバイクの排気音が鳴っていた。」
(排気音)
続く
次回 「発進」