第17話 「practice」
塩川 幸太郎
浜屋 純
山村 小夜子
庵丈老師 (山村 小夜子の師匠)
田山 浩二(塩川 幸太郎と浜屋 純の同級生)
巳「君の武力というか…強さはきっと子供にも敵わないだろう。だからこそと言うべきか、先ずは逃げることを覚えてもらう。」
阿「逃げる…こと?」
巳「敵をイメージしろ。自分が殺されるかもしれないギリギリの恐怖を思い出せ。」
阿(怖い…怖い…痛い…ごめ…ごめんなさい…ごめんなさい…もう嫌だ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…ごめ…)
巳「お前は誰だ?」
代「僕は代(かわる)身代わりの代(かわる)。この人の代わりに痛みを引き受けてます。」
虐「あぁー久しぶりの風呂だ。どんくらい俺は寝てたんだか。それにしてもコイツ、調子こきやがって。腕の傷もなくなってやがる。俺がまたお前を恐怖に引きずり込んでやるよ…くくくっ…。」
第17話 「practice」
ナ「7月7日 雨 霊峰にある「無眼寺」 。4~5年前、平穏だった灰川町にて再び現れた謎の正体「異形」と「赤い亡霊」。浜屋 純がバイク事故で亡くなり、4年が経過した時に、塩川 幸太郎の前に突如として現れた。山村 小夜子という女性の指示で塩川 幸太郎は「無眼寺」にて修行することとなった。」
山「もっと気を集中させろ!じゃないとお前は浜屋 純の姿を捉えることは出来ないぞ!もう1週間もやってるんんだ!」
塩「は、はい!」
浜(幸太郎こっちだ、聞こえないか?)
ナ「灰川町では聞こえていた浜屋 純の声は塩川 幸太郎に届かなかった。」
山「灰川市でなぜお前は浜屋 純の声が聞こえたか、もう説明済だよな?」
塩「はい…強力な磁場により純の思念が幽霊のように現れたということ、それと小夜子さんの呪符に純の思念を宿していることで、灰川市から離れても純はここにいることっすよね。」
山「ざっくりだがその通りだ。呪符に思念を宿しただけだから灰川市に居た時よりも浜屋 純の存在感が薄くなっている。 それと純。お前も幸太郎に頼らず気を集中させろ。」
純「やってはいるけどコツがいまいちわからないっつぅーか…。」
山「コツがあればこんな所まで来ない!もし万が一奴らが灰川市から出て悪行を成すとした時、お前たちは力を使うことが困難になる。だから灰川市での磁場よりは少ないこの場所で訓練をしている。」
純「でもどうして奴らは灰川に拘(こだわ)ってるんすかね。」
山「私も憶測でしかないが、灰川の磁場はかなり強い。人間が見る幽霊と言うものは磁場の書き込まれた「記憶」だとした場合、その記憶を幽霊として表現し存在していると考えられる。」
塩「そうなると小夜子さんは幽霊は磁場による出現と考えてるんすね?」
山「お前たちはパソコンに詳しいか?」
塩「人並なら。」
純「いや、全然。」
山「なら純にはあとで説明する。パソコンにはcpuという計算機やメモリーという記憶媒体が存在する。その記憶媒体はそのままでは動作出来ないが、電流を通すことで基盤に記録される。それと似たことをあの土地では行っていると推測している。」
塩「は、はぁ…。」
山「強力な電磁場…すなわちあの土地自体がメモリーチップだとして、人間の強い思念を書き込んでいるとしたら、その磁場と波長が合った際に現れた人物が「幽霊」として認識されるということだ。」
塩「となると幽霊と言うのは…。」
山「脳みそを100%解明できなければ存在するかしないか判断できない曖昧な存在だと私は思っている。」
塩「そうなのか…。」
山「あくまで仮定の話だ。実際に体験しているのだから理屈はどうであれ記憶が存在しているのは間違いない。それに灰川町には今度、科学研究所が開設されるらしい。なぜあんな場所にそんな物を作るのか。これが偶然の一致とは思えないんだ。」
塩「ちょっと待ってください。さっき波長と言いましたけどもし俺との波長がマッチしたら他のにんげんというか幽霊というか…それが見られるってことっすか?」
山「そういうことになる。だから浜屋 純を呪符に取り込みここへ連れてきた。2人の波長をもっと強くするためにな。」
純「そうだったのか。」
山「純、理解出来たのか?」
純「なんとなく。」
塩「確か小夜子さんは呪符から大木を生やしましたじゃないっすか?それは…?」
山「あの辺一帯は以前は木々が茂っていた。その記憶を呼び出したまでだ。」
塩「赤い亡霊はその木を認識出来たってことはその木と波長が合ったってことっすか?」
山「私は磁場の記憶を物質転換させることに成功した。」
塩「じゃあその木はどうやって土に還ったんすか?」
山「あそこは並木通りだ。そのうちの一本に大樹の記憶を送り込み、一時的な成長させたに過ぎない。効果がなくなれば元に戻る。」
塩「そんなこと出来るのかよ…・」
山「異形とは言え人間だったものだ。お前に干渉出来る異形もいるだろう。そのために二人には修行し二人のユニゾンを高めてもらう。」
純「ユニゾン…。」
山「私が呪符に読み込ませたのは純の意識の一部だ。灰川町で行うよりも難易度は高い。だが、ここで集中力が高まり純に接触出来るようになれば灰川町へ戻った時に効果は絶大になるだろう。」
塩「わかりました。」
純「俺も頑張ります。」
山「精神を刃のように研ぎ澄ませ!目に頼るな!耳に頼るな!それぞれの内にある集中力を高めろ!二人の記憶を手繰り寄せろ!」
塩「よし!」
純「はい!」
山「二人ともいい返事だ!今はまだ入り口に立ってる状態だ!お互いを意識できるようになってからが本番だと思え!」
ナ「二人に喝を入れている背後から一人の老人が現れた。」
庵「ふぉっふぉっふぉっ…やっとるな。」
山「老師。お久しぶりです。挨拶もままならず失礼しました。」
庵「いや、いいで。ところで青年、お主、今わしが何人に見えておる?」
塩「え?一人じゃ…え?」
庵「何人に見えておる?」
塩「ふ、二人…いや、三…四!?」
庵「ここも灰川ほどではないが磁場が強い。わしの思念を残像としてお主に見えるように波長を合わせておる。」
塩「そんなことが出来るようになるんすか??」
庵「そりゃあ、お主よりも長く生きとるし、修行も続けておる。」
塩「どんな修行をしたらそんなことできる様になるんですか?」
庵「ふぉっふぉっふぉっ、小夜子ですらまだすこーししか出来ん技じゃからな。口で説明してもわかりゃせんじゃろ。」
山「老師は常に体をアンテナのようにして磁場を感じている。私もそこまではなんとか出来るだけだ。」
塩「何も見えないものを感じるって…俺は本当に出来るのか??」
山「出来る出来ないじゃない。やれ。お前に大事な人たちがいるのなら、無条件でやれ。」
塩「うっ…。(たまに男の俺でも小夜子さんにはビビるんだよなぁ。)」
山「呪符を見ろ!そして浜屋 純を思い浮かべるんだ!灰川で接触した時のことを思い出せ!」
塩「はい!…純…うーん…。」
山「もっとだ!もっとイメージしろ!」
塩「うーん…純…純…。うーん…。」
山「もっとこう…全身で思い出すんだ!」
塩「ザックリ過ぎてわかんないっす。」
山「なっ…。」
庵「ふぉっふぉっ。いきなりそんなこと言われても出来んじゃろ。」
山「老師!」
庵「二人はどういう関係じゃったんじゃ?」
塩「最初は喧嘩ばかりでした。それこそ殴り合いの日々…。でも最後には俺が勝って、同じ高校に通って…親友と呼べる相手になりました。」
庵「そうじゃったか。殴り合いは痛かったじゃろ?」
塩「まぁ、喧嘩は誰とやっても痛いっす。でも純の場合は楽しかったっす!」
純「俺もだよ。幸太郎。お前と出会えて良かったと思ってる。」
庵「えぇ友達だったんじゃな。二人とも。」
塩「純が見えるんすか??」
庵「お主の横におるぞ?」
塩「え?」
純(いや、ずっとお前の横に立ってるんだけどな?)
庵「ならば目を閉じて、その思い出の感情を身体全身で思い出してみよ。」
塩「思い出…。」
純(思い出かぁ…。)
ナ「塩川 幸太郎は近いようで遠い思い出を思い出している。」
塩「んだごるぁ!こいつとタイマン張る約束は俺が先だ!すっこんでろ雑魚が!」
純「お前こそ引っ込んでろや!こいつとタイマン張るために来てんだ!」
ナ「学生時代、最初の出会いから思い出していた。」
塩「はぁはぁはぁ…浜屋!いい加減くたばれ!」
純「塩川!もうお前の顔は見飽きてんだよ!倒れろよ!」
ナ「板敷 壮太は塩川幸太郎と浜屋 純の1歳上の学年で喧嘩が強い男だった。板敷 壮太は塩川幸太郎と浜屋 純の勝った方とタイマンを張るという条件を出した。板敷 壮太はこうして喧嘩に勝ってきた。勝てない喧嘩はしない男だった。」
板「お前ら飽きないな。くくくっ。もう何回目だよ。早くしてくんねぇーかなぁー!」
塩「うるせえぞ!」
純「このタコがぁ!」
ナ「塩川幸太郎と浜屋 純は同時に板敷 壮太の顔面に拳をねじ込んだ。その一撃で板敷 壮太は意識を失い勝った方とのタイマンどころではなく、二人に絡まないように過ごしてきた。だが、二人のタイマンは中学を卒業する日まで続いていた。」
塩「かっ…かっ…た…ぞ…。」
純「はぁ、はぁ、はぁ…。まだ終わりじゃねぇぞ…。俺は負けてねぇ…。次は勝つ…。」
ナ「タイマン勝負1勝目は塩川 幸太郎に軍配が上がった。だが高校の入学式で二人はまた出会う。」
塩「え?」
純「へ?」
塩「お前!教室まで殴り込みたぁ!ふざけんのもいい加減にしろや!」
純「そっくりそのまま返してやるぜ!表出ろ!」
ナ「偶然にも二人は同じ高校、同じクラスだった。」
田「まぁまぁお二人さん、そんなにカリカリしないで…いいもん持ってんだけど少し分けてやろうか?へへへ…飛ぶぜぇ?」
塩「んな汚ぇもん!」
純「持ってくんじゃねーぞ!」
ナ「田山 浩二は脱法ハーブを差し出すが、同時に二人から強烈なパンチを食らいそのまま気絶した。その後、二人は同じクラスだと気が付くまで殴り合い10分ほどしたところで落ち着いた。」
塩「なぁ、なんでみんな倒れてんだ?」
純「お前が止めに入った奴までぶん殴ってたからだろ。」
塩「お前の後ろにも倒れてるのいるぞ?」
純「これは!あの…なんつぅーか…。」
塩「板敷の時みてぇーだな!」
純「はははっ、って笑えるか!てめぇ今度こそぶっ倒す!」
塩「なぁ、俺さ、高校デビューになっちまうけど族やろうと思ってんだ。」
純「あん?それがどーしたよ!」
塩「お前、俺と組まねぇーか?」
純「は、はぁ?頭おかしーんじゃね?今時、族なんて…。」
塩「だからこそだよ!「怪楼(かいろう)」、「幻神會(げんしんかい)」、「魔弾(まだん)」、「炎帝(えんてい)」…他にもいるけどよ、俺はお前みたく強い奴とやりあいてぇ。流石に旗もないのに突っ込んでってタイマン張れは道理に欠く。そこで俺たちだけの族を作ろうと思ってたんだ。」
純「ばっ…どれもこれもやべぇーとこだらけじゃねぇか!」
塩「俺たちだけの爆音を国道で鳴り響かせるんだよ!もう名前も決まってんだ…。」
ナ「過去の事を思い出している間、無言だったが、最初に口を開いたのは浜屋 純だった。」
純「…我黎音(がれおん)。」
塩「そう…我黎音(がれおん)。俺たちのチーム…ん?」
ナ「塩川 幸太郎は頭の中の回想ではなく、鼓膜を通して声を聴いた。」
塩「純…今、純が喋ったのか?」
純「え?あ…!お、おん!」
庵「ほぉ、声が聞こえるようになったか。姿は見えるか?」
塩「姿はまだっすけど、純の声は聞こえます!」
庵「ふぉっふぉっ、そうかそうか。ではこの訓練を続けることとしたらどうじゃ?小夜子。」
山「老師がそう仰るなら…。」
庵「わしはまた部屋に籠っておる。たまに様子を見に来るからの。」
ナ「庵丈老師は自室へ戻っていった。」
塩「なぜ老師は最初にここに来た時にふすま越しで挨拶したきり今日まで出てこなかったんだ?」
山「老師は特殊な能力を持つが故に、あまり表に出ないのだ。間違っても部屋を覗いたりするなよ?」
塩「山姥(やまんば)みたく包丁でも研いでんのか?あ、山姥ならここに…。」
山「ふんっ!」
ナ「山村 小夜子は塩川 幸太郎の溝に拳を震わせた。」
塩「ぐふぉっ…その腕でよくそんな怪力出せるよな…。」
山「今日の修行は終わりだ、部屋で休め。それとこの呪符はお前が持ってろ。」
ナ「浜屋 純の呪符を塩川 幸太郎に手渡し道場を後にした。」
続く
次回 第18話「sparring」